気仙地方

 岩手県の沿岸部は三陸海岸と呼ばれ、リアス式海岸として有名である。気仙地方とは岩手県の東南部、すなわち沿岸地方の南部を指す。市町村名では、北から三陸町(現大船渡市)、住田町、大船渡市、陸前高田市である。気仙地方は沿岸部に位置するため、産業は漁業とおもいがちであるが、背後に五葉山をはじめとする北上山地がひかえ、林業も盛んである。特に当地の杉は気仙杉と呼ばれている。
 気仙地方の中心都市は大船渡市で、陸前高田市と隣接しているが、産業構造は大きく異なる。大船渡市は大船渡湾の面して、漁港・工場・商店が隣接している。工業製品出荷額・商業年間販売額では気仙地方では郡を抜いている。陸前高田市は第1次産業が中心で、大きな産業が少なく出稼ぎに頼っているのが現状である。


長安寺山門
陸前高田市のすぐ南は宮城県気仙沼市である。
気仙沼市はその名から気仙地方と混同されがちであるが、歴史的には本吉郡に属し、気仙地方に含まない。しかし、気仙地方とのつながりは深く、江戸時代はともに仙台領に属した。江戸時代の気仙郡は北にやや大きく、現在の釜石市唐丹町までを指した。

気仙大工の起こり

この気仙地方の大工集団を気仙大工という。大工集団というが、特別に組織があるわけではない。その特徴は通年的な出稼ぎと社寺建築・洋風建築を手がけるなど本来家大工でありながら幅広い建築活動をするという2点に要約できる。
 大工の数では、歴史的にも陸前高田市が圧倒的に多く、その中でも小友町が多い。ここは大工集団といわずに「大工村」といった方がよいかもしれない。
なぜ、気仙地方には気仙大工が発生したのか。
 気仙地方は農地が少なく、二男・三男は大工として出稼ぎに行くしかなかったという話は説明にならない。そのような例は多く、なぜ大工になるのかということを説明してないからである。
 大工が一時期に大量発生するためには、需要がなければならない。しかし、社寺などの需要は一時的なもので、大工村を維持していくためには、常に近くに建築需要があるか、渡りをしていくしかない。いずれにしても、大工村を維持していくのはのは難しい。したがって、気仙大工の発生はなぜ維持されてきたかという面も考えなければならない。

 

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